■性別を気にしたことはない

 藤井監督にとって、性別の壁は、畳の上での戦いに勝利するという目の前の目標と比べれば、ぼんやりとした課題だ。監督は「『自分は女で、まわりは男』という考え方をしたことはありません。考えているのは常に、どうやればチームの力になれるかという点だけです」と話す。

 こうした姿勢の持ち主だったからこそ、ブラジル柔道連盟(BJF)は監督に抜てきしたのだろう。報道によれば、連盟が新監督の候補として当初リストアップしたのは全員ブラジル人で、最有力は五輪メダリストのティアゴ・カミーロ(Tiago Camilo)氏だったという。しかし、惨敗に終わった2016年のリオデジャネイロ五輪の失意を振り払えないまま、2020年の東京五輪が近づく中で、連盟幹部は変化が必要だと考えた。

 そしてやがて、打開策は身近なところに隠れていることが分かった。

 藤井氏は、ジェマ・ギボンズ(Gemma Gibbons)が銀メダル、カリーナ・ブライアント(Karina Bryant)が銅メダルを獲得した2012年のロンドン五輪の英国女子代表でコーチを務めた後、ブラジルから声がかかって代表のコーチに就任した。そしてリオ市内で男女を問わず若い選手と長い時間を過ごす中で、同国の柔道事情に精通していった。

 リオ五輪で金メダルを獲得したラファエラ・シルバ(Rafaela Silva)も、彼女の熱心な指導で躍進を果たした選手だ。ロンドンでまさかの失格を経験した後、母国で性差別に遭い、うつのどん底に沈んだシルバは、そこから立ち直れたのは藤井氏のおかげだと考えている。ブラジル有数の有名選手となったシルバは、男子も藤井監督からいろいろなものを吸収できるはずだと考えている。

 監督が有望な若手選手たちを指導する様子を見つめながら、シルバは「今は男子があまりうまくいっていない時期だから、良いことだと思う。みんな、女子チームと働いてきた彼女なら、男子にも良い影響を与えられるのではと期待している。センセイならきっと違いをつくり出せる。男たちも、女から少しは学べることがあるはず」と話す。