■文化的ジェノサイド

 マトンはヨーロッパ犬種の導入から何十年もたっていた時期に生きていたにもかかわらず、植民地時代以前から引き継いだ遺伝子が85%を占めていた。先住民が血統の純粋性を維持していたという見解を裏付けている。

 研究チームはマトンのゲノムに含まれる1万1000個の遺伝子を分析。そのうち、毛の成長と毛包の再生に関連する28個の遺伝子を特定した。これらのDNA配列はマンモスと同様だったという。

 炭素や窒素などの化学分析からは、マトンの生涯が1年半とごく短かったことも分かった。

 また子犬の頃のマトンは糖蜜とコーンミールを食べていたが、その後、米国と英国領だったカナダの国境問題を解決するための探検隊の一員だった民俗誌学者ジョージ・ギブス(George Gibbs)に連れられ太平洋岸北西部を旅するうちに、狩猟で得た肉を食べるようになったことが判明した。

 マトンの物語は、サリッシュ海沿岸の先住民の長老や知識を伝承するナレッジキーパー、織物職人たちの口述史料がなければ完全なものにならなかっただろう。

 論文の共著者で自らも米先住民のマイケル・パベル(Michael Pavel)氏は「私たち先住民は、植民地化、ジェノサイド(集団殺害)、同化を特徴とする非常に敵対的な歴史の一部に遭遇した。伝統文化、儀式、歴史と私たち先住民をつなぐ生活のあらゆる側面が根絶やしにされた」と述べた。

 長毛種の犬を飼っていたのは高位の女性たちだけだったが、この習慣は植民地に渡ってきたキリスト教宣教師たちを怒らせた。

 さらに欧州人が持ち込んだ天然痘によって、サリッシュ海沿岸の先住民人口は激減し、長毛種の犬を飼うためのさまざまなリソースも失われてしまった。(c)AFP/Issam AHMED