【10月28日 東方新報】母から娘に、さらにその娘へと、中国には女性たちの間だけで伝えられてきた文字がある。女性だけが使う世界で唯一の文字とされ、ギネスブックにも登録されている「女書(にょしょ)」である。

 女書は、中国中部の湖南省(Hunan)江永県(Jiangyong)の東北部に位置する15の村落を中心に、古くから使われてきた。川魚や野鳥をイメージさせる細長く繊細なこの文字は、紙だけでなく、扇子やハンカチ、帯など身の回りの持ち物に記されてきた。現在までに2000文字近くが確認されているという。

 江永県は人口約28万人。中国から東南アジア一帯の山間部に暮らす少数民族のヤオ族と漢族の混住地域だ。女書は、亀甲文字や漢字の偏やつくり、伝統的な刺繍(ししゅう)の模様にも似ている。ヤオ族のものと言われることが多いが、その発祥は謎に包まれている。

 この地域は古くから比較的豊かであり、女性たちは農作業をせず、自宅で「女紅」と呼ばれる針仕事をする風習があった。男尊女卑の影響を受け、漢字を学ぶことも書物や筆を使うことも許されなかった。その代わりに女性たちは竹や木片を削って筆とし、鍋底のすすを墨汁にして女書を発展させ、女性たちの精神世界を書き記してきたと考えられている。

 よく知られる作品は「三朝書」である。娘たちが、望まない結婚を強いられて嫁いだ3日目に、母親や姉妹から届けられた冊子のことだ。娘との別れを悲しみ、婚家での幸せを祈る詩が女書で記されているものが多い。

 この女書は、2004年に最後の自然伝承者である陽煥宜さんが98歳で亡くなってからは、地元の学習者の間で細々と伝えられているだけ。地元は女書を無形文化財として保護し、観光資源として活用しようとしてきたが、交通の便が悪いことなどから、期待されるほどの成果は出ていなかった。

 しかし、今年の9月28日から10月1日まで開催された「2023江永女書国際音楽観光ウィーク」が大盛況だった。世界的に有名な中国の作曲家で指揮者の譚盾(Tan Dun)氏のチームが、女書の世界観をモチーフにした「13のマイクロフィルム交響詩:女書」を披露したのだ。

「嫁入りを泣く歌」「涙の書」「心の橋」など13の曲からなり、女性たちの歌や踊りを織り交ぜて演奏される、湖南省出身の譚氏の思い入れが詰まった作品だ。

 譚氏のチームは女書を知るために2011年から江永県に入り、2013年に作品を完成させた。これまでに日本を含む34か国・地域で公演され、100万人以上が観賞しているという。

 古い街並みに響き渡るオーケストラの調べ。自然伝承としては絶えて久しい中国の女書の世界観が、新しい形で受け継がれていくことを願ってやまない。(c)東方新報/AFPBB News