■恐怖から希望へ

 昨年の8月25日に住んでいた村が襲撃され、夫と両親を失い、自身も片手が不自由になったというジュハラさん(仮名、40)は、現在、れんが作りをする人たちのために飲み水を運ぶ仕事をしている。

 村が襲撃され、急いで逃げたが追手に捕まりひどい暴力を受けたと語る彼女は、「逃げられなかった。地面に倒れ、彼らに切り付けられた」と、腕と顔を指さしながらAFPに当時のことを説明した。山刀で深く切り付けられて片目を失ったその顔には大きな傷痕が残っている。

 今の仕事については、単調だがこの収入によって、夫を失った今でもめいと姉妹を支えられていると前向きに話した。彼女の村は、昨年の襲撃ですべて焼き払われてしまったという。

 国連はロヒンギャに対する弾圧を民族浄化としている。

 キャンプ内で理髪店を始めた難民もいる。襲撃に追われて国境を越えたフリジュラさん(32)だ。友人たちからお金を借りて必要な道具を揃え、今年5月に防水シートの屋根の下で散髪やひげそりの商売を始めた。仕事は順調で、床にコンクリートを敷いたり、屋根を補強したりすることもできた。

 多くが貧困にあえぐ難民キャンプで、商売を成功させたフリジュラさんだが、それでも元の村での生活が恋しいとAFPの取材に語った。

 ここ数十年で最もひどい難民問題を発生させることとなったロヒンギャ弾圧。弾圧が始まってから1年が経過し、バングラデシュのキャンプには、退屈と手持ち無沙汰の影が忍び寄っている。ここでは地元の学校に行くことも仕事に出ることも禁じられているのだ。