■「放火された家」

 同じ避難先に逃れてきたメイテイのL・ソニアさんは、住んでいたチュラチャンプール付近でギャングの暴動が起きた時、必死になって地元政治家に電話をした。

「彼らは政府に問題があると考えているのでしょう? どうして私たちの家に火を付けるの」と怒りをあらわに訴えた。「これが洪水だったら、避難先から戻る家がある…私たちはどうすればいいのか」

 バングラデシュ、中国、ミャンマーに挟まれ、インド「本土」から遠く離れたマニプール州は長年、民族間の衝突が多発してきた。

 衝突の原因は、土地や公務員の職などさまざまだ。どちらの部族も、衝突を止めることができなかった州・中央政府を非難している。

 アミト・シャー(Amit Shah)内相は暴動について「公平な調査」を約束し、政府は「マニプールの人々と協力していく」と表明した。

 だが、暴動は続いており、家を失った市民からは怒りの声が上がっている。

 ソニアさんはナレンドラ・モディ(Narendra Modi)首相が何もしてくれないと強調した。「何人ものマニプールの住民が泣いている」「私たちはインド国民ではないというのか」

■「毎日、泣いている」

 人々は分断された。チュラチャンプールではメイテイはもはや歓迎されない。

 チュラチャンプールへ続く道には警告としてひつぎの模型が並べられている。メイテイの昔の王ゆかりの道路標識は、線で消された。

 一方、クキは竹製の小屋を設置し、壁に最年少の犠牲者である生後2か月の赤ちゃんを含む衝突で亡くなった人の写真を並べた。メッセージの一つには「(みんなが流した)血は決して無駄にしない」と書かれていた。

 2児の母で店舗を経営していたバネールヒングさん(40)はいま、クキの避難民キャンプにいる。黒い服を着た数百人の暴徒に自宅を襲撃、略奪され、その後、火を付けられたと語った。

 報復を恐れており、フルネームは明らかにしなかった。

「私たちは毎日泣いている。靴を履くひまもなかった人もいる」

 クキの人々は、夜に仮設礼拝堂に集まり、祈る。そして、自警団の銃声が聞こえないよう、賛美歌を歌う。

 今月初旬には赤ちゃんが生まれ、避難民キャンプの雰囲気が明るくなった。

 バネールヒングさんは「この赤ちゃんはこれからどうするのだろう。どこへ行くのだろう」と問い掛けた。(c)AFP/Aishwarya KUMAR