■夜が明けて、希望

「そうしたところが、どうです。人間なんて面白いもんですよ。お月さんが出てきたらね、心が寂しくなった。南方でヤシの陰にお月さんが出ているのを見たらね、俺らもうこれで終わりだ。ここまで来たからいいじゃないか。それで、私も寝てね、痛いからちょいちょい目を覚ます。佐藤氏を見ると、彼も涙が一杯たまっている。私も涙いっぱいたまる。それでもね、あきらめたら、もうそれで、心静かにね」

「それでいつのまにか一晩すぎて、朝になった。人間て面白いもんですねえ。朝、東の空から真っ赤な太陽がヤシの葉っぱの陰に出てきた。おい、朝になった。われわれもこれ、生きる希望を与えられたんだから、最後まで、生きることに執着してみよう。それには、第一番にどこへ行くっていったら、海岸へ出て、そうすると、海岸へ行けば何かある。行ってみた。そしたら、上陸用舟艇がいっぱいうちあげられていた。あ、ここはおい、アメリカの上陸した地点で駄目だ。それでも中見ろや、と中を見た。そしたら、その船の中に、ほまれという軍隊に与えられた安いタバコが1本、それに菊の御紋がついたお菓子が1つ、転がってる」

「あ、これはおい、日本の上陸用舟艇だ、それじゃどっかこの近所にいるよ、よく探してみよう。なるほど500メートルばかり向こうに、そういう三脚にやっぱり大きな望遠鏡をつけて、こっちを見ている兵隊がいる。あ、いたいたいた、アメリカだ、ようし、あそこへ殴りこみをかけちゃえ。もう助かる気はないんで、早く命をなくすことがわれわれに残されたことだと思って、すぐ拳銃に弾を装てんしよう、佐藤さんはなんでもないからちゃんと拳銃に弾を装填できた。私は拳銃をここ(頭)へつけているから、これをはずして、下において、そして、足で踏んづけて、自分の方へ向いていると自分に弾が当たっちゃうから、向こうの方の下へ向けて足で踏んづけて、それで、装填、ひいた。ところがそのときにねえ、拳銃の引き金も私、左の足で踏んでたらしい」