■「たばこ一箱のために母親さえ売る」

 仏テレビ局「フランス24(France 24)」の記者で、イスラム過激派に詳しいワシム・ナスル(Wassim Nasr)氏は「FSAは看板にすぎず、存在していないも同然だ」という。シリアでは1500以上の武装組織が活動しているが、各組織間に実際の上下関係はなく、組織名もひと月ごとに変わるような状態だ。ナスル氏は「それぞれの派閥が近隣の地域を支配している状態。FSAは彼らに、過激派とは距離を置けと言うべきなのに、名ばかりになってしまっている」

 米国人記者のテオ・パドノス(Theo Padnos)氏は、2012年に似た経験をした。シリアのアルカイダ系組織、ヌスラ戦線(Al-Nusra Front)に2年近く拘束されていた同氏は「FSAは従軍取材ができるような、実在する武装集団だと思っていた」という。

 パドノス氏は、トルコ南部アンタキヤ(Antakya)で、FSAに物資を届けるという3人のシリア人に会い、行動を共にした。彼らにシリア北西部イドリブ(Idlib)まで連れて行ってもらうはずだったが、国境を越えてシリアに入った直後に人質にされた。同氏は「彼らは標的を分かっていた。すべて計画されていた」と話す。案内人のシリア人3人は「イラクの聖戦アルカイダ機構(Al-Tanzeem Al-Qaeda)」と呼ばれる一派だった。パドノス氏は何度か逃亡を試みたが、助けを求めたFSAの兵士たちに連れ戻された。

 フランス中東研究所(French Institute for the Middle East)のイスラム専門家、ロマン・カイエ(Romain Caillet)氏にとって、こうした状況は驚きではない。「ISやヌスラ戦線の地下牢は、本来ならFSAの保護下にあるはずの人々でいっぱいだ。FSAには体系がなく、統一された指揮系統も一貫した戦略もない」と話す。反体制派組織の境界は曖昧になっており、FSAは「政権側と過激派側、すべての方向から潜入されている」という。カイエ氏は、シリアへの渡航者が、いわゆる穏健派といわれる反体制派に関する情報をもっと持っていれば、多くの誘拐は避けられるはずだと考えている。「誰もこんなことは聞きたくないかもしれないが、我々が想像するような穏健派など存在しないのだ」

 シリア内戦が複雑化する中、欧米人の人質は魅惑的な「市場価値」を持っている。カイエ氏は現地で出会ったフランス人のイスラム過激派が口にした、FSA戦闘員の印象を引用した。「彼らはマルボロ一箱のために母親さえ売るだろう。人質が欧米人であればどうなるかは、想像できるだろう」

 イタリア人の援助活動家、グレタ・ラメリ(Greta Ramelli)さんとバネッサ・マルズロ(Vanessa Marzullo)さんは2015年1月に解放されるまで4か月以上、ヌスラ戦線に拘束された。彼らもまた、シリアの反体制派によって売られたとみられる。カイエ氏は「彼らはFSAの地域支部に誘われて、ヌスラ戦線に売られた」という。若いイタリア人の2人はFSAの支持者で、シリアの人々に医療や衛生的な水を提供する支援に加わりたいと思っていた。だがシリア北部のアレッポ(Aleppo)に着いて3日後に行方不明になった。