千年前の黄河河畔集落遺跡を確認 中国山東省
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【3月7日 Xinhua News】中国山東省文物考古研究院はこのほど、同省聊城市陽穀県の東張遺跡が黄河古河道の河畔にあった千年前の村落遺跡であることを最新の発掘調査で確認したと発表した。遺跡は黄河灘区(河川敷)の基礎集落の形態を示し、建設から放棄に至る過程が五代十国時代の後晋期と北宋初期に発生した黄河の洪水と一致することから、黄河の氾濫の歴史と集落の適応性などを研究する上での実物証拠になる。
遺跡は陽穀県大布郷東張村にあり、2020年に発見された。五代末期から北宋初期に黄河古河道灘区にあった農村集落で、面積は約1万2千平方メートル。
山東省文物考古研究院が23年から24年にかけて発掘し、区画を囲む畦(あぜ)、住居、道路など116カ所の遺構を発見し、磁器や骨器などが出土した。
発掘関係者によると、集落は後晋の開運元(944)年に黄河が滑州(現河南省安陽市滑県)で決壊して以降に建設され、北宋の景祐元(1034)年に黄河が北の横隴故道へ河道を変える前に放棄された。発掘では、集落が畔で居住区を区切り、畔は外側から採取した土を使って築いたことが分かった。二棟に一つの台所を組み合わせた家屋形態や長屋の発見は、当時の農村集落で集団生活から小家族構造への転換が起きていたことを反映し、出土した3類型5様式の行炉(持ち運び可能な香炉)は、陶器と磁器の2種類に分けられ、住民の間で宗教活動が行われていたことを示していた。陶器や磁器は商品化されたもので、非手作業工房エリア出土の大量の牛骨は、生業モデルや経済構造の特殊性を明らかにした。
山東博物館の楊愛国(よう・あいこく)研究館員は、東張遺跡の発掘は黄河文化が内容を充実させるとともに、黄河灘区の土地を利用した当時の人々の知恵を体現していると語った。(c)Xinhua News/AFPBB News