【1月25日 AFP】父親の声、走り去る車、髪を切るはさみの音──先天性の重度難聴だった少年が、画期的な遺伝子治療によって生まれて初めて音を聞いた。

 少年の治療を行った米フィラデルフィア小児病院(CHOP)は23日の声明で、遺伝子変異による難聴の患者にとって希望をもたらす成果だと述べた。

 治療を受けたのは、非常にまれな単一遺伝子異常により重度難聴で生まれたアイッサム・ダム(Aissam Dam)君(11)。モロッコで生まれ、今はスペインに在住している。

 CHOP耳鼻咽喉科部門の臨床研究責任者を務める外科医ジョン・ジャーミラー(John Germiller)氏は、「世界中で難聴に取り組むわれわれ医師や科学者が、20年以上目指してきた遺伝子治療がついに実現した」と語った。

「今回の治療は非常にまれな一つの遺伝子の異常を修正するものだったが、これらの研究は小児難聴を引き起こす可能性のある他の150以上の遺伝子についても将来、道を開くかもしれない」

 アイッサム君と同様の症状では、内耳の「有毛細胞」が音の振動を脳に送る化学信号に変換するために必要なタンパク質オトフェリンの産生が、遺伝子異常によって妨げられている。オトフェリン遺伝子の欠損は非常にまれで、先天性難聴の原因に占める割合は1~8%とされる。

 昨年10月にアイッサム君が受けた手術では、機能するオトフェリン遺伝子のコピーを運ぶよう改良された無害なウイルスを使用。鼓膜の一部を持ち上げ、蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる内耳器官の内部液にこのウイルスを注入した。その結果、有毛細胞はオトフェリンの産生を始め、正常に機能するようになった。

 片耳の治療を受けて約4か月後、アイッサム君の難聴は軽・中等度にまで改善した。病院は、アイッサム君が「文字通り生まれて初めて音を聞いている」と表現している。

 この研究を認可した米食品医薬品局(FDA)は安全上の理由から、年長児を対象とした研究から開始することを求めた。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)によると、アイッサム君の聴覚は改善したものの、発話能力を習得するための脳の窓は5歳前後で閉じてしまうため、話せるようにはならない可能性がある。

 同様の臨床試験は米国、欧州、中国で進行中あるいは開始間近で、すでに子ども数人の改善例が報告されている。

「さらに幅広い年齢層の患者がこの遺伝子治療を受けるにつれ、聴力がどの程度改善されるのか、またその聴力は何年も維持され得るのかといった多くの事柄がいっそう明らかになるだろう」と、ジャーミラー氏は期待を示した。

 映像はフィラデルフィア小児病院より提供。(c)AFP