■最後の砂粒

 メコン川では、掘削機や船が昼夜を問わず作業し、川床から砂を掘り起こしている。

 ベトナム運輸省によれば、デルタ地域は25年までに六つの主要な幹線道を建設するために5400万立方メートルの砂が必要だ。ところが、メコン川はその半分以下しか供給できないという。

 当局が海砂や隣国カンボジアからの砂の輸入など代替案を検討する中、重要なプロジェクトは既に遅延が生じている。カントーで砂の採取に従事する労働者の一人はAFPに対し、「今年の初めから十分な砂がないため、あまり仕事がない」と述べた。

 ベトナムは2017年に砂の輸出を全面的に禁止した。しかし、メコン川の専門家グエン・フー・ティエン氏によると、国内需要が活発なため、川下に流れる量を上回る砂が依然として採掘されている。WWFが主体となった研究によると、現在の年間3500〜5500万立方メートルの採取が続けられれば、2035年までには砂が枯渇する可能性がある。

 ティエン氏は「これらが私たちが採掘している最後の砂粒だ」と警告した。

■「逃げ場がない」

 マイさんの倒壊した自宅から約60キロ離れたハウザン(Hau Giang)省。ディエップ・ティ・ルアさん(49)は夜中に目を覚まし、自宅の庭が水にのみ込まれるのを目の当たりにした。

「大きな音を聞いてベッドから飛び起きた。地面が揺れるのを感じた。とても怖かった」とルアさんはAFPに語った。川は数十年かけて数十メートル広がったという。

 国営メディアによると、政府はメコンデルタの浸食を防ぐために190のプロジェクトに約4億7000万ドル(約690億円)以上を投じてきた。しかし、ティエン氏は「多くの高額な構造物が川に崩れ落ちてきた」と明らかにした。

 ティエン氏は、今世紀末までにデルタの半分が消失する恐れがあると警告する。「その後、デルタは完全に消え、私たちは地図や地理の教科書を書き直さなければならないだろう」

 防災当局によれば、約2万世帯が再定住する必要がある。WWFは、さらに深刻な結果を予測しており、50万人が家を失う可能性があると指摘している。

 ハウザン省の当局者の一人は「再定住には高額の費用を要し、捻出するのは事実上不可能」との認識を示し、解決策は見当たらないと語った。

 マイさんやルアさんのような住民は、恐怖に押しつぶされている。「川が浸食してきて以来、よく眠れない。逃げる場所がないという現実をただ受け入れるしかない」とマイさんは話した。(c)AFP/Tran Thi Minh Ha with Alice Philipson in Hanoi