【9月3日 AFP】タイの首都バンコクの外縁から10キロも離れていないバーンクンサムットジーン(Ban Khun Samut Chin)村の目の前には、バンコク湾(Bay of Bangkok)が広がる。村の小学校では毎朝、4人だけの児童が校庭にはだしで並び、国歌を斉唱する。

「幼稚園に通っていた頃は友達がいっぱいだった。クラスに20人か21人いた」というジラナン・チョーサクンさん(11)。「ちょっと寂しいので、新しい児童が来てほしい」

 人口約200人の海沿いの村のウィサヌ・ゲーンサムット村長は、泥色のバンコク湾にせり出すように建つ仏教寺院で取材に応じ、過去60年間に海岸線が2キロ後退したと語った。

「陸側には昔、村とマングローブ林があって、ここまで簡単に歩いて来られた。しかし村人は次第に内陸への移転を余儀なくされ、この寺院からどんどん遠ざかっていった」

 今では、水面から突き出た古い電柱だけが、かつてここにも村があったことを示している。

■「移動できる土地はない」

 国連(UN)の気候専門家によると、1900年以降、海面はすでに15~25センチ上昇しており、特に熱帯の一部地域では上昇ペースが加速している。このまま地球温暖化が進めば、今世紀末までに太平洋とインド洋の島しょ部地域ではさらに1メートル近く上昇する可能性がある。

 その影響はタイを直撃する。同国では人口の推定17%(約1100万人)が沿岸部に住み、漁業や観光業で生計を立てている。

 バーンクンサムットジーン村が直面する深刻な海岸線後退は、地域環境の管理不足と、気候変動に伴い規模が大きくなった高潮の影響で進んでいる。地下水は過剰にくみ上げられ、防波堤として機能していたマングローブ林はエビ養殖のために破壊された。また、バンコクを流れるチャオプラヤ(Chao Phraya)川の上流にあるダムのせいで、湾内に土砂が堆積しにくくなった。

 村は数年前からチュラロンコン大学(Chulalongkorn University)の研究プロジェクトに協力し、竹やコンクリート柱を立てたり、マングローブを植林したりして迫る海をせき止めようとしている。

 だが長期的には「こうした対策だけでは自然の力に耐え切れず、村は失われるかもしれない」と、村長は危惧する。「さらに内陸へと村を移す計画はない。移動できる土地はもうないからだ。今の場所をどうにか守るしかない」

 政府に訴えてもどうにもならないと言う。「政府による支援への期待はもう捨てた。自助努力しかない」

■暗い未来

 村ではホームステイプログラムを実施している。エコツーリズムで資金を集め、生き残りを図る村の窮状について広く知ってもらうのが狙いだ。

 小学校のマユリー・コンジェーン校長は、地元の生態系や動植物の見分け方について学んでいる子どもたちが、いずれツアーガイドになるかもしれないと、夢を託す。

 ピンク色の小さな椅子と机が四つ並んだ教室で、児童のジラナンさんは、先生が板書する数字を熱心に書き写している。「知識を伝えるために先生になりたい。学校がまだ残っていたら、ここで教えたい」

 しかし、来年は1人の男子児童が卒業する。毎朝国歌を斉唱する子どもは、3人になる。

 映像は今年6月に撮影。(c)AFP/Lisa Martin and Pitcha Dangprasith