■「男か女か誰も気にしない時」

 ターニャさんは、コックスバザール郊外のクトゥパロン(Kutupalong)難民キャンプで美容サービスを始めた。ある実業家がその才能に気付き、ターニャさんが働けるようキャンプ外のマーケットにサロンを開設してくれたのだ。

 その稼ぎのおかげで、キャンプで同居する家族もある程度は一目置くようになった。とはいえ、ターニャさんがトランスジェンダーであることを受け入れてはいない。

 姉のグル・バハル(Gul Bahar)さんは、今もターニャさんのことを元の男性名で呼び、「元に戻ってまた兄たちのようになってほしい」とAFPに語った。「彼(ターニャさん)が道を歩くと、みんなが笑います。時々、家の前まで追いかけてきてばかにするのです」

 ターニャさんは嘲笑や罵倒をばねに決意を固め、ロヒンギャのトランスジェンダーコミュニティーのリーダー役を買って出るようになった。コミュニティーの数人を対象にサロンで美容ビジネスについて教えてもいる。

 その一人で、研修生としてサロンで働くファルハナさんは「ただ道を歩いているだけで、私たちは男娼と呼ばれます」とAFPに語った。

「もし私たちが反応すれば、集団で殴りかかってきます。ターニャは、そうした嘲笑を無視するすべを教えてくれました」

 ターニャさんはいずれ自分でサロンを立ち上げ、他のトランスジェンダーの人々を雇って一緒に働き、難民キャンプで爪はじきや侮辱を受ける生活から解放される場を提供したいと考えている。

「私の体が男か女かなんて、誰も気にしない時が来るのを夢見ています」 (c)AFP/Tanbirul MIRAJ, Sam JAHAN