■線引きはどこに?

 南アフリカのアパルトヘイト時代に比べ、現在の「ボイコット、投資引き揚げ、制裁(BDS)」運動は、全面的に排除しているわけではないとダンカン氏は言う。この運動の主体となっている団体は文化的ボイコットについて、「もっぱら組織・機関を対象」とし、「個人は標的にしない」と主張している。

 米ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(Metropolitan Opera)や仏パリのフィルハーモニー・ド・パリ(Philharmonie de Paris)など欧米の主要な文化施設も、ボイコット対象はロシア人全員ではなく、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領の支持者に限ると明言している。

 しかし、線引きのあいまいさを指摘する声も出ている。

 例えばイタリアでは、帝政ロシア時代にシベリア(Siberia)で流刑生活を送った作家フョードル・ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky)に関するコースの開講をある大学が見合わせようとし、インターネット上で批判を浴びて撤回する騒ぎがあった。

■「キャンセルカルチャーの犠牲者」

 ダンカン氏は、アーティストの政治的責任について「芸術作品を生み、それを世に送り出すというスタンスで十分だとも言えます」と述べた。「政治的な発言をすることに抵抗を感じているアーティストに対し、無理にそう仕向けることも避けたいです」

 ロシア人指揮者のトゥガン・ソヒエフ(Tugan Sokhiev)氏はウクライナ侵攻について意見を表明することに重圧を感じ、ロシアのボリショイ劇場(Bolshoi Theatre)と仏トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団(Orchestre National Capitole Toulouse)の音楽監督を辞任した。

 ソヒエフ氏は長文を発表し、「いかなる形のいかなる紛争にも常に反対だ」と述べつつ、ロシアとフランスどちらかの音楽家を選ぶという「不可能な選択を迫られた」と感じたと胸の内を明かした。また自分たち音楽家は「キャンセルカルチャー(著名人などが言動を理由に批判・排斥される風潮)」の犠牲者だと訴えた。

 さらに「私たち音楽家は平和の使者」なのに、「国や人を団結させるために生かされるのではなく、分断され、排除されている」とソヒエフ氏は憂えている。(c)AFP/Maggy DONALDSON