【3月4日 AFP】ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)氏(44)は、コメディー俳優として人気絶頂だった2019年、全てをなげうって大統領になった。政治家としての3年間は困難の連続だった。しかし、今や戦時指導者として絶賛され、ウクライナ抵抗の象徴となっている。

 ゼレンスキー氏は先月24日にロシアの侵攻を受けて以来、舞台で磨いた最新のイメージマネジメントの知識とスキルを駆使し、ソーシャルメディアで心を揺さぶるメッセージを発信し続けている。

 25日には大統領府近くの暗がりに側近と共に立つ自撮り動画を公開。「われわれは皆ここにいる」と語りかけ、大統領が逃亡したというデマを否定した。見るからに寝不足だったが、笑顔ものぞかせた。ロシアの再三にわたる暗殺の脅しにもかかわらず防弾チョッキもヘルメットも着用していなかった。

 その翌日も、緑色の略式軍服姿の自撮り動画を公開。ゼレンスキー氏はこうしたメッセージや連日の政府公式発表を通じて、士気を鼓舞しつつ1941年以来最も深刻な危機に陥っていることを警告し、同時にウクライナ人の「不屈の精神」を内外にアピールしようとしている。

 ジョー・バイデン(Joe Biden)米大統領との電話会談では、国外退去を支援するとの申し出に対し、在英ウクライナ大使館によれば「必要なのは弾薬であって乗り物ではない」という気の利いた一言を返したとされ、その評判はさらに高まった。

■「内なるチャーチル」

 英ロンドン大学キングスカレッジ(King's College London)戦争研究科の客員教授で、歴史学者のアンドルー・ロバーツ(Andrew Roberts)氏は、ゼレンスキー氏を第2次世界大戦(World War II)時に首相として英国を率いたウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)になぞらえる。

 チャーチルの伝記や書籍「戦時リーダーシップ論 歴史をつくった九人の教訓(Leadership in War: Essential Lessons from Those Who Made History)」の著者のロバーツ氏は、AFPの取材に「ゼレンスキー氏は、内なる真のチャーチルの声を聞いている」と述べた。

 ロバーツ氏によると、ゼレンスキー氏には「驚くべき個人的な勇気」や「国民と直接つながる能力」「妥協しない姿勢と究極の勝利への信念」など、チャーチルとの類似点が幾つもある。

 米国に拠点を置く戦略国際問題研究所(CSIS)の防衛専門家で、戦時リーダーシップ論に関する著作のあるエリオット・コーエン(Eliot A. Cohen)氏も、ゼレンスキー氏について、「時来りてその人来たる」の典型的な例だと語った。

 フランスの哲学者ベルナールアンリ・レヴィ(Bernard-Henri Levy)氏は、27日付の仏紙ジュルナル・デュ・ディマンシュ(Journal du Dimanche)に、ゼレンスキー氏を見ると「戦争を愛することなく戦いを遂行するすべを知る」自由の闘士を思い出すと寄稿。「この人物は今や(ロシアのウラジーミル・)プーチン(Vladimir Putin)大統領にとっての悪夢と化した」とつづった。

■コメディー俳優から大統領に

 2019年の大統領選出馬は、冗談と受け止められていた。だが、ゼレンスキー氏は決選投票で70%以上の票を獲得し、現職のペトロ・ポロシェンコ(Petro Poroshenko)大統領(当時)を破った。

 ゼレンスキー氏の国民的人気を高めたのは、コメディードラマだった。学校教師が政治腐敗への不満を口汚くぶちまける様子を生徒に撮影され、その動画がインターネットに投稿された結果、大統領になるという物語だ。2014年の親ロシア派政権の崩壊と東部での親ロシア派武装勢力との戦いに揺れるウクライナで、このドラマは国民感情をつかんだ。

 ゼレンスキー氏は大統領選の際も、ソーシャルメディアの影響力を意識して選挙戦を展開した。従来型のメディア取材や集会ではなく、ネットに動画を投稿して地に足の着いた人物像をアピールした。

 中部の工業都市クリビーリーフ(Krivy Rig)出身でロシア語が第一言語のゼレンスキー氏を、ポロシェンコ氏はウクライナ語が苦手だと笑い、プーチン大統領に対抗する政治的な立場にないと批判した。

 ゼレンスキー氏は「私は政治家ではない。体制を壊しに来た普通の男だ」と反論した。

 大統領就任演説では「ウクライナの人々を笑顔にするためできることは全てやった」「今度は人々が泣かないためにできる限りのことをしたい」と誓った。

 政権発足後の3年間は、東部紛争の終結と汚職の撲滅という選挙公約の達成に苦しめられ、新型コロナウイルス流行や経済情勢によって指導力への信頼も損なわれた。だが今、国民の多くが生き残りをかけた戦いとみなす事態の中、国内の政治的課題は脇へ追いやられている。

 CSISのコーエン氏は、これまで情報戦の達人とされてきたロシアが「ウクライナと米国にすっかり打ち負かされている」との見方を示した。(c)AFP