■「人生の存在意義を見失う」

 競技転向を図った中で最も有名なのは、バスケットボール史上最も偉大な選手のジョーダン氏といえる。

 バスケットボールへの情熱を失ったのは、父親が亡くなり何か違うことに挑戦したかったからだというジョーダン氏は、1993年に現役を引退した後、米大リーグ(MLB)のシカゴ・ホワイトソックス(Chicago White)とマイナーリーグ契約を交わしたのは有名な話だ。しかし、野球でのキャリアはうまくいかず、1年後にはバスケットボール界に復帰した。

 豪マードック大学(Murdoch University)でスポーツ心理学の教授を務めるフラー・ヴァン・レンズ(Fleur van Rens)氏は、アスリートが競技を変えるのは、現役を引退して自己喪失に陥ったり、エクササイズに依存したりすることを含めて、複数の理由が存在すると分析している。

「競技から引退すると、選手としてのアイデンティティーが失われます。別の分野でアイデンティティーを築けていないアスリートは、小規模ながら存在意義を見失ってしまい、その競技以外の世界で自分が何者なのか知る必要性に襲われるのです」

「こうしたことによって、元アスリートの中には現役引退後の健全な生活に支障をきたすことがあり、それが理由で現役復帰を考えたり、別のスポーツを目指したりすることにつながるのです」

 自尊心の欠如も理由の一つと考えられるものの、ボルト氏のように単純にスポーツとして楽しむことや、長年の夢をかなえることが目的の場合もある。

 トップアスリートたちの多くは、10代の頃には他のスポーツにも秀でているが、そのうち一つに絞らなければならなくなる。男子テニスでは、ラファエル・ナダル(Rafael Nadal、スペイン)がサッカーの才能に恵まれ、ロジャー・フェデラー(Roger Federer、スイス)はスキー選手として優秀な腕前を持っていた。

 一方、マンチェスター・ユナイテッドのファンとして知られるボルト氏は、サッカー選手に憧れながら育ったものの、陸上競技に専念することになった。今後の動静は定かになっていないボルト氏は、これまで別のクラブでもトライアウトに失敗している一方で、マルタのクラブから提示されたトライアルなしの契約オファーを断っている。(c)AFP/Martin PARRY