■構成員の反乱

 しかし、暴力団構成員および準構成員などの数は近年減少の一途をたどっており、最も多かった1960年代の18万人から、昨年は5万3000人にまで減っている。

 07年に長崎市で起きた「長崎市長射殺事件」では、金銭的に困窮した構成員によって市長が殺害され、それまでの義理や人情で動くといった組織のイメージに大きなダメージが生じた。

 今回の分裂で、山口組の構成員2万3000人のうち10%を超える人数が、司忍(本名:篠田建一)組長(73)の下から離反し、分離組(神戸山口組)に合流したと推計されている。その司組長には今、米国の1920年代のシカゴ・マフィアのボス、アル・カポネ(Al Capone)を失墜させたのと同様に脱税容疑がかけられる可能性がある。

 溝口氏は、「執行部を経験した人間が5人ほど神戸山口組に移動している。彼らが司忍組長にいくら渡ったかというデータをもっているとされている」と述べ、この情報が警察に流れる可能性もあるとしている。別の暴力団、工藤会(Kudo-kai)のトップも今夏、脱税事件で逮捕されている。

 離反した構成員らは、イタリア製の高級スーツをこぎれいに着こなす司組長をはじめとする幹部らに対し、毎年納めることが求められていた高額の上納金に耐えきれずに組織を去ったとされる。「この分裂騒ぎは結局、現在の組長と若頭の行う山口組の運営がお金を取り過ぎ、そのことに対する反乱が起こり、また分裂が起こったということ」だと溝口氏は指摘する。

 銃砲刀剣類所持等取締法に違反したとして6年間服役した後、11年に出所した司組長は、全国に約70あるとされる山口組系の直径の組織に年間数千万円の上納金や、贈答を要求していたとされる。ライターの溝口氏は、「司組長の年収はだいたい10億円くらいと推定されている。ところが一般組員は、財布に一万円札1枚入っていれば、その日1日金持ち気分で暮らせるというほど、経済的に格差が激しくなっている」と述べた。