【12月24日 AFP】インドネシア・アチェ(Aceh)州でお互い近所に住んでいたルスリ・アブダル・ラーマン(Rusli Abdul Rahman)さんとファルディア(Fardhiah)さん(50)は、2004年12月26日に起きたスマトラ沖大地震・インド洋大津波で、それぞれの配偶者と計8人の子どもを失った──。しかし2人はその後、再婚して息子1人をもうけ、第二の人生で幸せを手にするチャンスをつかんだ。

 10年前に地震と津波に襲われた後、以前であれば想像もできなかったような新しい家族の形態が生まれた。ファルディアさんは津波の後、何か月も悲嘆に暮れていたが、いつしか「新しい人生を始めなければ」と思うようになった。「他の人たちの助けになるよう、神が私を救ってくれたのかもしれない」と。

 高さ約35メートルにも及ぶ津波が沿岸部を襲ったスマトラ島沖大地震では、被害が特に大きかったアチェ州を含め、インドネシアの死者数は約17万人を数えた。スマトラ島沖大地震・インド洋大津波による死者数の合計は22万人前後に上る。

 シュクリ(Syukri)さん(45)は当時、行方が分からなくなったきょうだいを探して、あちこちの避難所を必死に駆け回っていた。しかしある時、やぶの中に腹部が膨張し、体中かさぶただらけの男の子の赤ちゃんを見つけた。そしてシュクリさんは彼を家族の一員として迎えることを決めた。

 シュクリさんが彼にこの事実を伝えたのはAFPの取材中だった。「息子が失望するのではと思うと怖くてずっと秘密にしていたが、もう本当のことを知るべき時だ」。打ち明ける父親のそばで、男の子は声を出して泣いた。

 新しい家族を作ることは必ずしも容易なことではないのだろう。

 そして再会する家族もあった。当時4歳だったラウダトゥル・ジャナ(Raudhatul Jannah)さんの家族は、10年前の津波に娘が巻き込まれて死んでしまったものと半ばあきらめていた。ところが今年8月、叔父が村を歩いている彼女の姿を偶然目撃し、家族は再会を果たすことができた。ただ、親代わりとなってジャナさんを育てていた一人の女性は「娘」を突然失うことになった。

 このようにさまざまなケースがあるものの、数か月間、場合によっては数年間にわたって避難所での生活を余儀なくされ、支援物資に頼るしかない暗い日々の中において、新たな家族を迎えることは、人々に希望を与えたことは確かだ。

 津波で夫を亡くした後、再婚して新たな生活をスタートさせたワヒダさんは「ようやくここまで来た。与えられたチャンスを、そして新しい家族を奪う津波がもう二度と起きないことを祈るばかりです」とコメントした。(c)AFP/Arlina Arshad