【4月25日 AFP】オーストラリアには約5万年前、最初に1000~3000人の先住民が定住し、その後、人口は氷河期に激減した後、約500年前に回復してピークの120万人前後に達したとする論文が、24日の英学術専門誌「英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)」に掲載された。

 オーストラリアの初期における人口の推定は、欧州による植民地化がオーストラリアの先住民に与えた影響と関係することなどから、人類学の分野では活発に議論される。

 オーストラリア国立大学(Australian National University)のアラン・ウィリアムズ(Alan Williams)氏は、古代の定住に関する研究を新たな観点で見直し、木炭などの炭素年代測定を行った。人口の変化を知る手段としてこれらのデータを利用し、同氏は、オーストラリアの先住民は5万年前頃に上陸し、1000~3000人の「創立グループ」を形成したと考えた。この数字はこれまでの予測より若干多く、さまよってたどり着いたというよりも計画的な移住だったことを示しているという。

 通説では、先住民は当時、地上にあった大陸棚を越え、パプアニューギニアから陸橋を渡ってオーストラリアにやって来たとされている。

 ウィリアムズ氏によると、先住民の人口は定住後に増加したが、氷河期のピークにあたる2万1000~1万8000年前、現在よりも気温が低く、著しく乾燥していた時代に60%減少した。氷河期の終わりには、波があったものの増加し、500年前にピークの120万人に達する。その後、人口は緩やかに減少し、英国による植民が始まる1788年までに77万~110万人となった。欧州からの入植者は天然痘やはしか、インフルエンザなどの病気を持ち込み、免疫力のない先住民に最悪の被害をもたらした。 (c)AFP