【9月6日 AFP】哀愁と情熱の音楽タンゴで世界にその名前をはせるアルゼンチンの首都ブエノスアイレス(Buenos Aires)。だが、この街を有名にしているのはタンゴだけではない。ここは精神分析でも世界有数の街なのだ。

 アルゼンチン全体の心理療法士の数は約5万人。国民690人当たり1人の割合で、米国の3倍以上にもなる。人口300万のブエノスアイレスだけならば住民120人に1人の割合で心理士がいて、人々の辛い体験の克服を助けたり、日々の小さな悩みに耳を傾けたりしている。ブエノスアイレスだけで200もの心理療法士養成学校がある。

「ポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)というのは、人の話を聞くよりも自分の話をしたがる。だから人の話を聞く仕事は成功するんだろう」と言うのはマルセロ・ペルフォ(Marcelo Peluffo)氏。ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)やジャック・ラカン(Jacques Marie Emilie Lacan)の系譜に連なる心理士の1人だ。

 アルゼンチン精神分析協会(APA)は会員数1200人、世界でも有数の精神分析学者の団体だ。ブエノスアイレスで心理療法が盛んな理由について同協会のアンドレス・ラスコフスキー(Andres Rascovsky)会長(61)は、タンゴのフロアで表現される感情と似た移民たちの郷愁にあると語る。「精神分析がこんなにもブエノスアイレスの一部となっているのは、この街が人々を辛くさせるからだ」

 ラスコフスキー氏は心理セラピーがブエノスアイレスでどれほど一般的になっているのかを示すエピソードを語ってくれた。精神分析協会の会議でやって来たメキシコ人の専門家夫妻がタクシーに乗った途端に運転手から、協会の会長に誰が選ばれたか聞かれたというのだ。

■テレビや劇場でも人気

 心理療法人気はテレビや劇場にまで反映されている。テレビではまさしく『In Therapy』(セラピー中)というタイトルのシリーズが人気を博して終わったばかり。劇場では強迫性障害に悩む男女を描いた戯曲『Knock, Knock』(ノック、ノック)や『The Last Session of Freud』(フロイト、最後のセッション)といった作品が連日満員だ。

 ある子供の死と家族への影響を描いたミュージカル『Almost Normal』(ほとんどはいつも通り)に出演した俳優のフロレンシア・オテロ(Florencia Otero)さん(22)は「こういった作品が成功するのは、毎日の生活の中ではっきりとは見えないけれどあらゆるところに潜んでいる何かに人々が共鳴するから」と語る。

 嫉妬や欲望、不倫をテーマに、ブエノスアイレスの書店でベストセラーとなった『Encuentros』(遭遇)を書いたのは精神分析医のガブリエル・ロロン(Gabriel Rolon)氏。同氏は他にも『患者』『ソファでの話』といったタイトルの本を書き、精神分析をさらに一般的なものにした。

 給料が安くても、セラピーの料金の一部は社会保険で還付されため、心理療法士の世話になったことのない人を見つけるほうが難しい。

 俳優兼ジャーナリストのベラ・サーウィンスキー(Vera Czmerinski)さん(40)はAFPの取材に対し、これまで20年間にわたって心理セラピーを受けて「自分探し」に努めてきたと語った。「私の場合、人生の中で傷つかずにどこまで行けるかを知るためにセラピーを使っているのよ」

(c)AFP/Oscar Laski