【3月25日 AFP】サーフボードから転げ落ち、噴き出た大量の血にまみれながら、オーストラリア人のグレン・フォルカードさん(44)の頭には、ひとつの思いがよぎった――「ああ、生きている」。1匹のサメが、フォルカードさんの臀部から大腿部を大きく食いちぎった直後だった。

 シドニー(Sydney)の北、ニューサウスウェールズ(New South Wales)州レッドヘッドビーチ(Redhead Beach)で波に乗るフォルカードさんのボードに襲い掛かったのは、全長3メートルのオオメジロザメだった。サメはフォルカードさんを水面に叩きつけ、強力な顎をかませて海中へ引きずり込もうとした。

   「サメに遭遇したらこうなるかも、と人が考えうることすべてが起こった。恐怖そのものだったよ」。サメによる襲撃から5週間後、フォルカードさんはAFPの取材に応じた。「体の真下から襲ってきたんだ。つかまれてひっくり返され、下敷きにされた。けれど、そこでサメの力が緩んだ。口の中に(サーフボードの)ガラス繊維が刺さったんだと思う。その時がチャンスだった」

 猛スピードで岸に向かう間もずっと、フォルカードさんの血の筋をサメの黒い影が追ってきた。ただただ必死で波に乗り、砂浜に体を投げ出した。見ると、太ももだったはずの場所は「グロいことになっていた」。だが、命は失われていなかった。

   「ボードから転げ落ちて空が見えた瞬間、人生がとてもいとおしかった」。脚からは2キロ分の肉がもぎとられていた。

   「目に入った青空に向かって思った。『僕は生きている。やり遂げたんだ』って。もはや人生が終わる寸前だったからね。サメはわずか数メートル先にいて、もう少しでもう1度、襲い掛かってくるところだったんだ」

 オーストラリア西海岸でこの数か月の間に起こったサメによる襲撃は、フォルカードさんで4件目だった。異常ともいえる多さで地元自治体はサメの撃退を誓っている。

■人口増加とマリンスポーツ人気で襲撃件数も増加

 しかし専門家たちは、過剰な対策に警鐘を鳴らす。オーストラリアのサメによる襲撃は毎年平均15件で、うち1件以上で人が死亡している。しかしこの件数は、人口が増え、またウォータースポーツの人気が高まるとともに増えている。

 シドニーにあるタロンガ動物園(Taronga Zoo)のサメ専門家ジョン・ウェスト(John West)氏によると、サーファーの数は1950年以降「劇的」に増加し、年間約300万人のサーファーがオーストラリア領内の海に立ち入っている。またウエットスーツの技術が発達したおかげで1年中、海へ入ることができ、長時間サーフィンをすることも可能となり、その分、襲撃される確率も高くなっている。さらに以前は無人だった場所でマリンスポーツを楽しむ人が増えた一方で、パトロールがされていないところも多い。

 ウェスト氏は死者の出る事故があった後に、サメ狩りをしてサメを殺すことに反対している。人を襲ったサメ自体はすでにその海域から逃げてしまっていて、別の無実のサメが殺されて終わる可能性が大いにあり得るからだ。

 そうした中、サメに遭遇することは海で泳ぐことのリスクのひとつだという意識と理解が広まり、被害者の家族や友人、そして被害者自身の態度さえもが進化した。サメ狩りを望む声はもはや少ない。

 ウェスト氏の話ではサメが人を襲うことは珍しく、襲っても多くは「かみついて放す」性質のものだ。サメが近寄るのは通常、飢えているからではなく好奇心からであり、普段食べているものは魚やアザラシで、人を餌として好んだことはないという。ウェスト氏は、オーストラリアでサンドイッチなどに塗る茶色くて塩辛いペースト「ベジマイト」に人を例えて、サメが人をかじれば「鼻がひね曲がるような思いをして吐き出し、二度とそばに近寄らないだろう」と説明した。

 フォルカードさんも自分の太腿を噛みちぎったサメは「よく分からずに噛み付く相手を間違えたんだろう」と恨みを持ってはいない。ただし、コミュニティーを守るためにもっと具体的な対策が必要だと強く思っている。

 フォルカードさんが襲われた日の朝、近くのビーチではサメに対する警告が出ていたし、自分が遭遇する数時間前にレッドヘッドビーチで1匹が目撃されてもいた。そうした時、危険のある海への立ち入りを禁止し、周辺から人を一掃するだけの強い権限をライフガードに持たせるべきだとフォルカードさんは主張する。

   「いつもサーフィンをしている場所にはサメの監視塔があるが、誰も知らないほど長い間、使われていない。誰かがむしゃむしゃ食べられて死ぬのは見たくないね。次はもっとひどいことだってありうる。僕は生き残って、子どもに会うことができた。脚はちょっとばかりなくなってしまったけど、これはどうにか乗り越えられるよ」

(c)AFP/Amy Coopes

【図解】世界のサメ襲撃件数