【3月2日 AFP】オランダ南部ハーグ(Hague)の中心部を臨む4階の小さな部屋で、銀髪の男性が小さなパイプにコカインを慎重に押し込み火を付け、煙を深く吸い込む―「これが真の自由さ」と語るウィリアムさん(65)の鼻から出た煙は、国内唯一の麻薬・アルコール依存症の高齢者ための施設「ウッドストック(Woodstock)」の窓から外へと漂って行った。

 運河と路面電車の線路に挟まれた区画にあるこの施設は、高齢のホームレスを路上生活から保護し、違法行為から遠ざけるという、麻薬乱用に対する独自の取り組み方をしている。

「ここは好きだね。俺たちを見ている警官もいない」とウィリアムさんはAFPの取材に語り、小さなテーブルに自分が依存するドラッグ用の道具一式を並べ直した。パイプとライター、コカインの跡が線状に残っている鏡、そして期限切れのクレジットカード。「ここでは自分がやりたいことができる」と話した。

 ウィリアムさんの不運な人生は、ここウッドストックで暮らす他32人の麻薬・アルコール依存症の「高齢者」たち(うち3人は女性)とよく似ている。

 ウィリアムさんはスペインで33年間、苦しい生活を送ってきたが、接客業をしていた時期にコカインを常習するようになったという。疎遠になった家族との関係を復活させたいと思い、2年前にオランダに戻って来たものの、地元で入居したホームレスのためのシェルター(緊急一時宿泊施設)で若者2人に襲われて左目の視力を失い、顔の半分がまひしてしまった。それ以外の傷が癒えた後もウィリアムさんは路上生活を続けたが、やがてウッドストックの門を叩き、以来ここで暮らしている。

■治療困難な高齢者が入居

 ヒッピー文化最大のフェスティバル「ウッドストック」から名前をとったこの施設は、2008年12月、ハーグ市当局と地元の医療サービス事業者パルナシア(Parnassia)の合同プロジェクトとして始まった。

 精神科医で同ホームを管理するニルス・ホーレンボルフ(Nils Hollenborg)氏は「ハーグ市には45歳から70歳までのホームレスで『高齢の』薬物依存者を支援するニーズが多くあることを、私たちは突き止めました」と語る。けれども、こう強調する――「私たちは居住者を治療しようとはしてはいません」

「実際、ウッドストックに入居できるのは、医療検査で治療不可能と宣告された45歳以上の人に限るという基準を設けています。ここではそういう人びとに住居と食べ物を無料で提供する。そして薬物の限定的な使用も認めています」(ホレンボルフ氏)

 ウッドストックでは、入居者の多くがヘロイン依存症の治療薬「メタドン(Methadone)」の処方を無料で受けている。だが、コカインやヘロインなどの違法薬物や、オランダ政府が少量の使用を認める大麻、それにアルコール類などは、施設外で購入しなければならない。

 ウッドストックのエントランスホールには、ハリウッド俳優のハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)の等身大の人形が置かれ、また受付デスクの背後からはポップアート・ポスターのマリリン・モンロー(Marilyn Monroe)がビリヤード台とジュークボックス、それにオウムが飼われている鳥かごのある室内を笑顔で見下ろしている。

 ここが特別な目的を持った施設であることは、鍵付きのスタッフルームのホワイトボードに書き込まれた入居者の名前とメタドンの処方量を見るまで分からないだろう。

■高齢者の軽犯罪防止に効果あげる

 ホレンボルフ氏によると、運営費用の大半は、特別な医療ニーズのための保険法により賄われている。

 市の保健当局広報は、同プロジェクトの導入以降、市中心部における軽犯罪件数が減少したと述べている。数年前までは軽犯罪の9%が高齢者によるものだったが、現在は5%にまで下がったという。

 入居18か月のトニーさん(65)にメタドンの処方を受けているかと尋ねたところ、トニーさんは首を振り、ポケットに入ったビールの缶をポンと叩いて、しわがれた声でこう言った――「俺はここに酒を持ってる。これとタバコだ」

 質素な個室にある物といえばベッドとキッチンのやかん、そしてトニーさんが自慢げに指差した小型の液晶テレビだ。富裕層が住む郊外のショッピングモールでカートを押して得た金で自分で買った。

 英歌手デヴィッド・ボウイ(David Bowie)のポートレートと、魚が泳ぐ水槽で華やいだ1階の部屋で、トニーさんはタバコの煙を吐き出して、ポケットのビール缶をいじりながら「本当は、ここから出ていきたい」と語る。

 それからトニーさんは、65歳の誕生日をウッドストックのスタッフ30人ほどと過ごした日のことを思い返し、「だがしかし…90歳までここに居るかもしれないな」と述べた。(c)AFP/Jan Hennop