【7月14日 AFP】マニラ(Manila)の小さな工場で、第二次大戦時に米軍が使用していた軍用四輪駆動車「ウィリス・ジープ(Willys Jeep)」が、続々と再生されている。過去へのノスタルジーが、こうしたジープの国際需要を伸ばしている。

 MD Juanは、注文ベースを基本に年間約1500台を再生しており、うち約95%が欧米のコレクター向けに輸出される。8割は米国向けで、フランスとオランダでも人気が高いという。

■「オリジナルに忠実に」がコレクターの注文

 同社マネージャーのロベルト・クルス(Roberto Cruz)氏によれば、米国のコレクターは細部まで限りなく本物に近いジープを欲しがるそうだ。耐久性の高いプラスチックではなく、昔ながらの木材やゴムを使用し、欠陥は敢えて修正しないのが最低条件。「立派すぎるものを作ると、(コレクターは)逆に欲しがりません」とクルス氏は話す。   

 欧米のコレクターはエンジンの忠実な復元も希望するが、同社はエンジンの再生はできないため、購入者任せにしている。数少ない地元の顧客は、トヨタ(Toyota)やいすゞ(Isuzu)などの新しいエンジンを平気で積んでしまうという。

 クルス氏はジープの値段を明らかにしなかったが、ネット競売大手eBayの最近のオークションでは3万ドル(約320万円)の値がついた。

 購入者の多くはこのジープに愛着を持つ退役軍人だが、逆にこのジープがもとで戦時中の歴史に親しむようになった若い世代からの注文もあるという。「米国が戦争を行った国では、このジープへの思い入れがある人々がいるものです」とクルス氏。

■フィリピンでもなじみの深いウィリス・ジープ

 米国は第二次大戦中、60万台以上の軍用ジープを製造した。ずんぐりした箱型ボディは極めて頑丈で、低価格で汎用性が高く、太平洋と欧州の戦場で兵士の移動や武器の運搬に威力を発揮した。

 連合軍の司令官でのちに米大統領となるドワイト・アイゼンハワー(Dwight Eisenhower)は、第二次大戦における連合軍の勝利においてこのジープななくてはならない存在だったと語っている。
 
 そして、フィリピンの会社がこうしたジープの複製を得意としているのも、驚くには値しない。第二次大戦後、独立直後のフィリピンが戦争による荒廃から復興しようとしていた頃、米軍で余った軍用ジープが多くのフィリピン人にとって唯一の交通手段だったのだ。

■環境に配慮した「Eジープニー」も製造

 この軍用ジープから生まれたのが、フィリピン独特の乗り合い自動車「ジープニー」だ。1966年創業のMD Juanも、ジープニー用のパーツを輸入する会社としてスタートした。

 現在同社は、ジープの技術を活用して、芝刈り機を搭載できる小型ジープや、ゴルフカートのエンジンを搭載して子どもでも運転できるジープも製造している。

 また、国際環境保護団体グリーンピース(Greenpeace)との契約のもと、環境負荷の低い電動乗り合いバス「Eジープニー」も製造している。

 さらには、豪華・快適・外見が派手な「ツーリスト・バス」を製造するプロジェクトも進行中だ。(c)AFP