【8月14日 AFP】英国に住む72歳の元電気技師ジャックさん(仮名)は手術前、執刀医に入れ歯をしていることを伝え忘れた。ジャックさんにこの後何が起きたかを知れば、同じ過ちを繰り返す人はいなくなるだろう。

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 良性のしこりを腹部から切除する全身麻酔手術を受けてから6日後、ジャックさんは緊急救命室に搬送された。口内が出血し、ものを飲み込むのが困難で、痛みがあまりに強いため固形物を食べられないという症状を訴えていた。

 ジャックさんは肺疾患の病歴があったため、気道感染を発症したとの判断が下された。うがい薬と抗生物質が処方され、ジャックさんは帰宅した。

 だが、2日後、再び緊急救命室に現れたジャックさんの症状は悪化していた。薬さえも飲み込めなくなっていた。

 英ヤーマス(Yarmouth)にある大学病院の耳鼻咽喉外科のハリエット・カニフェ(Harriet Cunniffe)医師はジャックさんについて「息切れを起こしており、特に横になると症状が出るため、体を起こして眠るようにしていた」と説明した。

 医師は、食べ物や胃酸を肺の中に吸い込むことで引き起こされる場合が多い肺炎の一種を疑い、ジャックさんを入院させた。鼻腔鏡検査を実施した結果、大きな半円形の物体がジャックさんの声帯に覆いかぶさっていることが判明した。

■「シマウマ回避」

 検査結果を説明すると、ジャックさんは8日前に一般外科手術を受けた際、前歯3本の入れ歯がなくなったことを打ち明けたという。入れ歯は外科手術によって摘出され、ジャックさんは6日後に退院した。

 このような出来事は思ったほど珍しいことではない。英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)誌によると、英国では15年間で83件の「入れ歯誤飲」が確認されているという。

 だが、ジャックさんの話はまだ終わらない。

 1週間たっても出血が止まらなかったジャックさんは再び病院を訪れた。そして、その10日後にもまた受診することとなった。

 5回目に緊急救命室を訪れた際に、のどに「創傷組織」に囲まれた水膨れができていることが判明し、さらなる出血を防ぐため創傷を焼灼(しょうしゃく)した。また、輸血も必要だった。

 ようやく最後となった6回目、医師らは動脈の裂傷を発見し、もう一度緊急手術を実施した。

 なぜジャックさんの症状を特定するのにこれほど長い時間を要したのかということについては、いくつかの理由が考えられる。

 一つには、医師が間違った初期診断に適合するようデータを誤って解釈する「アンカリング」と呼ばれる状態が起こったと考えられるとカニフェ氏は説明した。

 さらに、診断医が可能性の低い診断や珍しい診断を下す自信がないため、正しい診断を避けようとする「シマウマ回避」も理由として考えられるという。

 ジャックさんの症例はBMJの症例報告データベース「BMJ Case Reports」に掲載された。(c)AFP/Marlowe HOOD