【8月1日 AFP】イラク北西部にあるカンケ(Khanke)避難民キャンプ。風通しが悪く、薄暗いテントの床で、ライラ・シェモ(Layleh Shemmo)さんはピンクの花柄の布を素早く手繰り寄せながらミシンで縫い合わせた。少数派ヤジディー(Yazidi)教徒で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の凶行を生き延びたシェモさんは、離散した家族のために縫い物で生計を立てている。

 左手に入れた「Kero」という文字のタトゥーに目を落とす。夫、ケロさんの名前だ。ISがイラク北部シンジャル(Sinjar)一帯で暴虐の限りを尽くした5年前から行方が分からなくなっている。

 当時、ヤジディー教徒の男性たちはISに大勢、殺害された。少年たちは子ども兵士にされ、女性たちは「性奴隷」として売られた。生き延びた人々は、ぼろぼろの避難民キャンプに次々に流れ込んだ。彼らは今もシンジャルへは帰れずにいる。ISはヤジディーの暮らしを支えていた畑や農業インフラを破壊し尽くした。

 ヤジディーは伝統的に、女性が外で働くことを良しとしない。しかし生き残った女性たちは一家の大黒柱を奪われ、国からの支援もほとんどない境遇にある。そこで、何とかして自分たちの手で暮らしを立てようとしている。

「ミシンで収入を得ることで、息子や娘たち、それに私の妹や義理のきょうだいを養えています」

 シェモさんは妊娠7か月のときに、ヤジディーを異端と見なすISに拉致され、捕らわれている間に出産。夫や子どもたちと引き裂かれ、人身売買された。

 その後、シェモさんと子どもたちのうち3人は解放されたが、夫と10代だった子ども2人、他の親戚たちは今も行方不明だ。

 カンケの避難民キャンプには目で見てすぐ分かるほど、男性がいない。どこまでも続くテントの間を痩せ細った子どもたちが駆け抜け、高齢のヤジディーの女性たちが、暑さにあえぎながらそれを追い掛ける。