【7月19日 AFP】それはスパイ映画の一場面のようだった。その人とは深夜、ドイツの首都ベルリン南東部の外れにあるスーパーマーケットの近くで落ち合った。私たちはこの2週間、当局に察知されないようチャットアプリ「テレグラム(Telegram)」を使ってメッセージを交換しながら接触の機会をうかがっていた。

 黄色い街路灯とスーパーマーケットの明かりに照らされた通りに人の気配はなかった。すると自転車に乗った人が通り過ぎた。その人は数メートル離れたところで止まり、向きを変えてゆっくりと引き返してくると、私の前で立ち止まって言った。「デービッドさん?」

独ベルリンのスーパーマーケットのごみ箱から回収した食品をバッグに入れる活動家(2019年5月17日撮影)。(c)AFP / John Macdougall

 この時まで私は、接触相手が男性なのか女性なのか、はたまた若いのか高齢なのか分からなかった。私が知っていたのは、「アンドレア」という名前だけだ。私の前に立っているのは、もじゃもじゃの髪と顎ひげを生やした若い男性だった。

「周りに気付かれないよう静かに素早く行動しなければ」。彼は自転車を木につなぎながらそう言った。

 これほどまでにこっそりと慎重に事を運んでいるのは、食品ロスについての取材をするためだ。私はこの問題について調査していた際、アンドレアのような人々が食品ロスと闘うため深夜にスーパーマーケットのごみを持ち帰っていることを知った。こうした食品廃棄物は、まだ十分に食べることができる。ドイツでは、公道に置かれていないごみ箱は個人の所有物と見なされているため、この行為には危険が伴うのだ。中身を持ち去ることは窃盗に当たり、数百ユーロ(数万円)の罰金が科せられる可能性もある。われわれがひそかに連絡を取り合ったり、アンドレアが「静かに素早く」と念を押したりした理由はそこにある。

 取材に当たり、私はメモ帳一つで仕事ができるため身軽だった。だが活動中のアンドレアにインタビューするためカメラマンとビデオ担当者が同行しており、彼らが周囲の関心を引かないようにするのは至難の業だった。

独ケルンのスーパーマーケットで商品を陳列する従業員(2013年12月12日撮影)。(c)AFP / Patrik Stollarz

 ビデオや写真で身元を特定されないよう、アンドレアは目出し帽をかぶった。私たちは高さ3メートルの金属製のゲートの前に立った。スーパーマーケットのごみ箱に近づくにはゲートの向こう側へ行かなければならない。そのためにはゲートの下の20センチの隙間から滑り込むか、よじ登って向こう側へ行くかの二つの選択肢があった。アンドレアとビデオ担当のレオは恵まれた体形をしていたのでゲートの下から入った。私はと言えば、ベルリンでの生活でビールとソーセージばかり口にしていたため、ゲートの上から行くしかなかった。カメラマンのジョンも私に続いた。幸運なことに私はスエットパンツを履いていたが、かわいそうなジョンはジーンズを履いていたため、股間部分の生地が引っ掛かってしまった。ジーンズは破れてしまったが大事な所は無傷で済み、彼はどうにか反対側に飛び降りることができた。

 アンドレアはヘッドランプを装着し、仕事に取り掛かった。私たちはその様子を撮影した。ごみ箱はまさに宝の山だった。翌日が賞味期限となっているヨーグルトやジュース、アーモンドミルクが何十個もあり、熟し過ぎた南国の果物や外箱にわずかな傷のあるクッキーやパスタ、それにイースター(Easter、復活祭)のチョコレートやトリュフ風味のオリーブオイルまであった。

 戦利品を運ぶため容量60リットルのバックパックを持ってきていたアンドレアは、自分はビーガンのため肉や乳製品は持ち帰ったことがないと話した。ごみ箱の中には彼が望む物が十分過ぎるほど入っていた。

独ドレスデンのごみ箱に捨てられていた食品(2012年3月13日撮影)。(c)AFP / Arno Burgi

 アンドレアがごみ箱をあさっていた時、遠くでサイレンの音が聞こえた。私たちは一瞬、凍り付いたが、その音は次第に遠ざかって行った。自分たちが法に違反する行為を行っていることを大いに痛感させられた。

 アンドレアがバックパックをいっぱいにするまで15分ほどかかった。私たちは来た道を引き返した。ゲートを超えるのは行きよりも少し楽だった。私たちは急いでスーパーマーケットを後にすると、近くの小さな広場に向かい、そこでカメラを回しながらアンドレアにインタビューした。真夜中近く、目出し帽をかぶり大きなバックパックを背負った男を、3人の男たちがインタビューしたりカメラやビデオカメラで撮影したりしていたが、犬を連れて通りがかった男性はその異様な光景に何の興味も示さなかった。

独ベルリンのスーパーマーケットのごみ箱から活動家が回収した食品(2019年5月17日撮影)。(c)AFP / John Macdougall

 アンドレアは22歳の大学生で、食べ物を買う余裕はあるが「過剰消費社会と闘う」ためこの方法を選んだと語った。週に数回、こうして夜中にごみをあさりに行くが、1人の時もあれば仲間数人と出掛けることもあるという。回収した食料は、ルームメートたちと分け合ったり、毎週仲間たちと開いている食事会で使用したりしている。

 アンドレアは昨年、ごみ箱をあさっているところを見つかり、裁判所から召喚状が届くのを待っているところだという。

 ドイツには食品ロスと闘う団体が複数ある。同国では年間約1800万トンの食品が廃棄されているが、欧州議会のデータによると欧州連合(EU)28か国全体での廃棄量は8800万トンだという。

企業から寄付された不要な食品を格安で販売するNPO団体イナチュラの創設者ユリアーネ・クローネン氏。独ケルンにある同団体の倉庫で(2017年3月16日撮影)。(c)AFP / Patrik Stollarz

 国連(UN)食糧農業機関(FAO)によると、世界の食品廃棄量は年間13億トンに上り、生産された食品全体の3分の1が廃棄されているという。国連によると、欧州と北米では1人当たり年間95~115キロの食品が廃棄されているが、アフリカのサハラ以南の国々やアジアなどでは年間6~11キロだという。

「おばあちゃんがいつも言っていた。食べ物を無駄にするなって」「でも人は誰かにあげるよりも捨てる方を選ぶ。飢え死にしそうな人がこの国を含め大勢いるのに、どうして食べ物を粗末にすることが正当化されるのか?」

 スーパーマーケットが何の問題もない商品を大量に廃棄しているのを目の当たりにすれば、アンドレアに同意せずにはいられないだろう。会話の途中、自分もかつて同じことをしていたとアンドレアに打ち明けた。南仏に住んでいた時、よく両親と一緒にスーパーマーケットのごみ箱をあさりに行った。それにエクサンプロバンス(Aix-en-Provence)とパリで学生だった頃も同じだった。その頃は経済的な余裕がなかったので、主に旬の野菜や果物を手に入れるのが目的だった。そうやって節約できたおかげで、スーパーマーケットの肉ではなく精肉店の上等な肉を買うことができた。

独ベルリンの精肉店で売られている金箔(きんぱく)で覆われたステーキ肉(2019年1月11日撮影)。(c)AFP / Tobias Schwarz

独ベルリンで開催された青果の見本市で展示されていた新鮮な野菜(2019年2月6日撮影)。(c)AFP / DPA/Paul Zinken

 この記事を取材することにしたのは、そうした過去の経験があったからということもある。だが同時にこうした社会問題について個人的な関心を持ったことも理由の一つだった。アンドレアやその仲間たちがしていることは、社会的に容認されるものではないとはいえ、地球にとっては実に良いことだ。なぜ人々は余った食料を、それを必要とする人たちにあげずに捨ててしまうのだろう?

このコラムは、独ベルリンを拠点に活動するジャーナリストのデービッド・クールベ(David Courbet)が執筆し、2019年6月28日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。