【記者コラム】不敬罪のある国、タイの戴冠式取材
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【6月4日 AFP】タイで70年ぶりとなる戴冠式の一連の式典が近づくにつれ、厄介な状況に直面した。新国王とその統治についてできる限り詳しく書くことがジャーナリストとしての私の役目だが、タイでは国王について良くないことを書けば自由を犠牲にする可能性がある。
タイは最も厳格な不敬罪が存在する国の一つだ。王室について批判的なことを書くことは、忘れなければならない──それはまったくの問題外だ。ジャーナリストたちは、王室が嫌がることを書く時にしばしば自己検閲をしていることに気付く。プミポン・アドゥンヤデート(Bhumibol Adulyadej)前国王の飼っていた犬を侮辱するコメントをフェイスブック(Facebook)に投稿したとして、刑務所行きになった人もいる。

この国に足を踏み入れる前に、私はこのことを警告されていた。パリでビザを申請した時、ある親切なタイの外交官が「決して議論してはいけない話題がある」と教えてくれた。「王室は神聖だ。あなたは自分で自分を検閲しなくてはならない」
その1年後、私はワチラロンコン(Maha Vajiralongkorn)国王の即位を取材することになった。ワチラロンコン国王は、父プミポン国王が2016年に死去した段階で法的には即位していたのだが、長年にわたり在位し、国民から「父」と慕われていたプミポン国王の喪に国全体が服していたことから、正式な戴冠式は2019年まで待つことになった。

戴冠式は3日間にわたって行われ、国内のすべてのテレビ局が生中継をした。私は、王室の占い師が選んだ午前10時9分に儀式が開始したことや、白い式服に身を包んだ新国王の装い、聖なる水の受け取り、金とダイヤでできた王冠が頭に乗せられた瞬間などを恭しく書いた。


翌日は、国王が金色のこしに乗ってバンコク市内を練り歩いた盛大なパレードについて、こしをかつぐ16人の兵士が1分間に75歩ずつ歩みを進めたこと、国王を前に群衆がひれ伏したことを書いた。タイでは国王や国王の肖像の前でひれ伏すのは普通の光景だが、私がタイに来て最も驚いたのはこれだった──熱いアスファルトの上に体を横たえる人々。気を失う人も多いという。

AFPはフォトグラファーと記者計4人のチームで戴冠式の取材にあたったが、私たちは厳格な規則に従わなければならなかった──紺色の服に国王の色である黄色のネクタイ、きちんと磨かれた黒い靴を身に着けること、国王から少なくとも5メートルは離れること、国王の背中を撮影してはいけないこと、王よりも高い位置にいることは禁じられているため脚立を使うことはできないこと、国王が通り過ぎる時は深々とお辞儀をすること。


金色の服を着て、1000人の兵士に囲まれた新国王の姿は荘厳だった。タイ国民が、これほど近くで国王の姿を再び目にすることはおそらくないだろう。父親であるプミポン前国王が国内各地を訪問していたのとは対照的に、新国王はこれまでほとんど公の場に姿を見せることがなかった。
私はこうしたことを記事にしたが、夜中に支局から帰る時になって、やり残した感じを抱かずにはいられなかった。

タイ人は新国王のことをどう思っているのだろうか。新国王はどのように国を統治するつもりだろうか。タイ王室は世界でも有数の裕福な王室だが、正確にはどのような資産を所有しているのだろうか。新国王はどこで過ごすのだろうか(これまでは長年、ドイツ・バイエルン<Bavarian>地方に所有する豪邸でほとんどの時間を過ごしてきた)。あまりに多くの質問に答えがないままだった。
タイの不敬罪は笑い事ではない。違反すれば3~15年の実刑が科される可能性もある。
2014年のクーデターで軍が実権を握って以来、約100人が不敬罪で起訴されている。昨年は不敬罪による新たな事件はなかったが、いまだ十数人が不敬罪で刑務所に入っている。


役人による「サイバーパトロール隊」や王党派団体(最も有名な団体は「ガベージ・コレクション・オーガニゼーション<Garbage Collection Organization>」と呼ばれている)のボランティアらが、不敬罪法違反と思われる人々がいないかインターネット上を探し回っている。
昨年12月には、逃亡先の隣国ラオスから反王制番組を放送していたタイ人の反体制派活動家2人が遺体で発見された。

貴重な機会に、取材相手に思い切って王室に関する質問もしてみたが、微妙な問題を避けたり困惑を隠したりするときにタイ人が使う丁寧な笑みを返されるだけだった。
不敬罪は時々、私の仕事をあからさまにばかばかしく見せることがある。

戴冠式の数日前、これまでに3度離婚しているワチラロンコン国王は4人目の妻を迎えた。長い間交際していた元客室乗務員の女性で、国王の警備要員だとされていたこともあった。当然のことながら、スティダー王妃(Queen Suthida)についてもっと知りたいと思った。だが、今や不敬罪に守られた新王妃の経歴は何も分からなかった。年齢さえ確認できなかった。
タイ王室は常にミステリアスな雰囲気を醸し出している。権力を保ってきた理由の一つだろう。

あるタイ人ジャーナリストは私にこう言った。「子どものころから王室は完全無欠であり、そのことに疑問を持たないように育てられてきた」「このことについて職場で話したことはない。親や夫とさえ話し合ったことはない」
別のジャーナリストはもう少し詳しく話してくれた。「この罪(不敬罪)について特定の定義はなく、当局が自由に解釈し、当てはまると思うことを判断している。そして当局の政敵がしばしば不利益を被っている」「自分たちの歴史について話せなければ、私たちの社会の未来は脅かされる」

だが、新国王の人柄や外国メディアで報道されている突飛な行動について話題を振ろうとすると、会話は終了した。「それは重要なことではない」と彼女は言った。「そのようなイメージは、神聖でパワフルな国王というイメージに取って代わられ消える」
そして彼女は私に「あなたは? 絶えず自分たちの指導者を批判し続けることに、どんな意味があるというのか」と聞いた。私は、タイ人が微妙なまたは困惑するような状況を脱するために使う、あの笑みを返すしかなかった。

このコラムは、タイ・バンコク在住のジャーナリスト、ソフィー・デビラー(Sophie Deviller)氏が執筆し、2019年5月21日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。