【3月13日 AFP】ヤコブ・バルク(Yaakov Baruch)師は、インドネシアにある唯一のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)のラビ(ユダヤ教指導者)だ。

 だが、インドネシアで極めて少数派の他のユダヤ人と同様、バルク師も自らの宗教的アイデンティティーをあらわにはしていない。数年前、妊娠中だった妻と一緒にショッピングモールを歩いていたとき、男たちの一団に「狂ったユダヤ人」と呼ばれ、殺すと脅された。以来、ユダヤ教徒の伝統的な帽子「キッパ」の着用は控えめにしている。

 人口2億6000万人のインドネシアは、世界最多のイスラム教徒人口を抱える。そこに暮らすユダヤ教徒の数は、わずか200人前後と推定されており、その間でバルク師と同様の懸念が広がっている。

 同国中部スラウェシ(Sulawesi)島のマナド(Manado)は、インドネシアのユダヤ教徒が残る数少ない場所の一つだ。第2次世界大戦(World War II)前には数千人がいたとされる同国のユダヤ教徒の大半は、欧州やイラクから来た貿易商たちの子孫だ。

 マナドの南方約20キロに位置するトンダノ(Tondano)近郊にある質素なシナゴーグが、バルク師が定期的に礼拝を行っている寺院だ。以前はインドネシア第2の都市スラバヤ(Surabaya)にもう一つのシナゴーグがあったが、イスラム強硬派によって2009年に封鎖され、13年には解体された。今ではインドネシア全体で唯一のシナゴーグが、このトンダノのものだ。

 インドネシアは長らく、イスラム教国の中でも穏健派と言われてきた。しかし近年、声高な強硬派の勢いに押され、より保守的な宗教形態が中心を占めるようになってきた。中東、特にイスラエルとパレスチナ間の緊張がインドネシアにも飛び火し、宗教的分裂を深めてもいる。

 米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領が昨年、イスラエルの米国大使館を係争地となっているエルサレム(Jerusalem)へ移転すると発表した際には、インドネシアの首都ジャカルタでイスラム強硬派が大規模なデモを行った。

「一般的に言って、インドネシア人はユダヤ人とイスラエルを同一視している。そして彼らの宗教、そして国にとって、ユダヤ人もイスラエルも敵だとみなしている」とバルク師は言う。「インドネシアから寛容さが消えつつあることは否定できない」

 インドネシアのNPOで、イスラエルやユダヤ人、第2次大戦中のナチス・ドイツ(Nazi)によるホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)などに関する文化教育プログラムを実施している「ハダッサ・オブ・インドネシア(Hadassah of Indonesia)」の創始者、モニク・ライケルス(Monique Rijkers)氏は、ユダヤ教についてのテレビ番組を通じて橋渡しを試みたが、インドネシア・ムスリム学生協会(Indonesian Muslim Students Association)の激怒を招いた。「彼らは番組の中止と、私の降板を要求しました」

 インドネシア政府が身分証明書への記載を認めている宗教が、イスラム教、キリスト教のプロテスタントとカトリック、仏教、ヒンズー教、儒教の6種類に限られていることもユダヤ教徒にとって障害となっている。出産や結婚の届け出から公的サービスの利用まで、身分証明書は不可欠なため、ユダヤ教徒の大半は偽って「キリスト教徒」と記載している。

 一方、イスラム教徒のインドネシア人でさえ、ユダヤ教に関心を抱くことが反発を受けることがある。1990年代からヘブライ語を学び、世界初のヘブライ語とインドネシア語の辞書を編さんしたと言うサプリ・サレ(Sapri Sale)さんは、1年前からジャカルタでヘブライ語教室を始めた。しかし、サプリさんに対する肯定的な反応はほとんどなく「ユダヤ人のサプリ」と呼ばれたという。(c)AFP/Peter Brieger in Jakarta and Ronny Buol in Tondano