【1月11日 AFP】AFPのホワイトハウス(White House)詰めの記者として転勤が決まり、おおらかなブラジルのリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)から、保守的な米首都ワシントンに降り立った私が最初にしたことは、スーツを買うことだった。もちろんスイミングスーツ(水着)ではなく、ネクタイの方のスーツだ。デパートでうろうろしながらたくさんの服を目にしていると、あるポップが目に入った。

「吸湿速乾ワイシャツ」

 一瞬何のことか分からなかったが、汗に強いオフィス用のシャツということだ。米国の中でも神経をすり減らす人たちが住んでいる街だと考えれば、納得いく。

リラックスも一苦労? 首都ワシントンの公園で、ヨガのレッスンが行われるなか本を読む女性(2018年5月15日撮影)。(c)Andrew CABALLERO-REYNOLDS / AFP

 ずいぶん昔のことのように感じるが、私が前回ここで働いていた頃のバラク・オバマ(Barack Obama)政権時代と比べ、米国はまるで集団ヒステリーに冒されているようだ。

2013年、クリスマスの装飾が施されたホワイトハウス内を歩くミシェル・オバマ大統領夫人(当時、2013年12月4日撮影)。(c)JIM WATSON / AFP

ホワイトハウスで、クリスマスの装飾が施されたイーストウイングを歩くメラニア・トランプ米大統領夫人(2017年11月27日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP

 集団ヒステリーというよりは、分割画面型ヒステリーとでも言おうか。ここ最近の全ての事象は、ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領は、「衰退する米国を救う新鮮な息吹」というフィルターか、「米国を崖から突き落とす病的なほど自己中心的な人間」というフィルターを通してしか語られないからだ。

フロリダ州ペンサコラの集会に集まったドナルド・トランプ米大統領の支持者ら(2018年11月3日撮影)。(c)Nicholas Kamm / AFP

米東部ペンシルベニア州フィラデルフィアで、不法移民の親から子どもを引き離すトランプ政権の方針に抗議する人々(2018年6月30日撮影)。(c)DOMINICK REUTER / AFP

 勤務を始めて2日もたたないうちに、生身のトランプ大統領を見ることになった。雇用戦略についての会議が行われるホワイトハウスのルーズベルト・ルーム(Roosevelt Room)に記者団の一人として赴くという型通りの業務だが、私は新入りなのでうれしかった。次はいつ、こんな間近でトランプ氏を見られるか分からないので、あらゆる情報をメモ書きした。彼の背後に並べられた軍旗、第1合衆国義勇騎兵隊を率いたセオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)大統領の肖像画、現大統領の髪型…。

 そう、髪の毛。私にはティーンエージャーの子どもたちがおり、大統領の髪がどうなっているのか見て来てくれと頼まれていたので、それも下手な図でノートに描き込んだ。オレンジ色の髪の毛の房は第45代大統領の頭の上から下、下から上、右から左と、てんでんばらばらな方向に流れていた。

ベトナムで開催されるAPECに出席するため、北京の空港でエアフォースワンに乗り込むドナルド・トランプ米大統領(2017年11月10日撮影)。(c)JIM WATSON / AFP

 ちなみに、そうそう間近で見られないかもしれないと心配する必要は全くなかった。長年続くホワイトハウスの定例記者会見をもう少しでつぶそうとした割には(その話は後ほど)、トランプ氏は意外にも――というか笑ってしまうくらい――手が届く存在で、しょっちゅう予定にない質疑応答を始めるので、記者たちはたびたび不意打ちを食らってむち打ち損傷になりそうだった。

 しかし、トランプ氏が本当はどんな人物なのか――危険な道化師なのか、しきたりにとらわれない救世主なのか――は、彼の髪の構造と同じく、謎のままだ。

■豪華な飛行機とブーイング

 ホワイトハウスで働いていると聞くと、華やかな職場環境を想像するかもしれない。実際の答えは、たまには、だ。

 米国の大統領と、核兵器発射指示装置が入っているスーツケースと一緒に飛行機に乗るのはなかなかできない経験だ。専用機エアフォースワン(Air Force One)に同乗するときは、ゲートで座って待ったり、滑走路が空くのを待ったり、靴を脱ぐように言われることもない。外はピカピカに磨き上げられ、中は地味ながら居心地が良いボーイング747のドアが閉まった瞬間、パイロットはまるで銀行強盗のために車で待機していた逃がし屋のような速さで離陸する。シートベルトを締める時間もほとんどない。誰も私がシートベルトをしているか見回りにも来ない。最高だ。

エアフォースワンに乗り込むジャーナリストたち(2018年10月15日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP

 しかし、目的地に着陸した後は、とても奇妙な展開が待っている。

 昨年11月に行われた中間選挙の前に、私は米南部と中西部で行われるトランプ氏の「アメリカを偉大に」集会に取材で同行した。結果、ものすごく豪華な飛行機に乗って、「トランプ・メニュー」とでも言いたくなる米国の定番料理を好きなだけ食べ、その後着陸した後はアリーナの報道陣席に連れて行かれ、数千人のトランプ支持者にブーイングを浴びせられるという、変わった体験をすることになった。

 ジャーナリストを悪者扱いするのは、トランプ氏のおはこの一つだ。スピーチには毎回、(「ホットな」)経済、不法移民(レイプ魔と泥棒が「侵略」して来る)、愛国心(「われわれの心臓からは赤白青の血が流れている」)などが登場するが、もう一つのトピックはメディアだ。メディアは「嘘つき」、「フェイクニュース」、「国民の敵」という言葉で表現される。トランプ氏は、ホワイトハウスを混沌(こんとん)に陥れ、その場だけの判断で政策を決めていると非難されているが、多くの部分で驚くほどの一貫性を保っている。

ホワイトハウスで、メキシコのエンリケ・ぺニャニエト大統領と電話で話すドナルド・トランプ大統領(2018年8月27日撮影)。(c)AFP PHOTO / MANDEL NGAN

 流れはこうだ。トランプ氏は突然フェンスに囲まれた報道陣席を指差し、聴衆に向かって、メディアが報じるのは全てでたらめ、一度たりとも真実を伝えることはなく、人として最低だと語る。すると聴衆はこちらを向いてブーイングを始め、トランプ氏は彼らをさらにあおりながら、首を横に振り、「Sad(ひどいもんだ)」といった言葉をつぶやく。

 これをやられることが個人的につらいかと言われると、そうとも言えない。威嚇というよりも、もはやパントマイムのように思える。むしろ、いい大人たちが私たちを脅迫するかのような振る舞いをしていることの方がいたたまれない。彼らが家に帰ってから、もしくは翌日の職場であのように振る舞っているかというと、そうではないだろう。こうした場で明らかになるのは、米国における討論と対話の成熟度であり、そちらの方が深刻な問題だ。

オハイオ州での集会で、報道陣に罵声を浴びせるドナルド・トランプ大統領の支持者ら(2017年7月25日撮影)。(c)AFP / Getty Images/ Justin Merriman

ミネソタ州での集会で、報道陣に罵声を浴びせるドナルド・トランプ大統領の支持者ら(2018年6月20日撮影)。(c)AFP / Getty Images/Scott Olson

 そうこうしているうちに集会が終わる。私たちはエアフォースワンに大急ぎで戻り、座り心地の良い席に着くと、飛行機はあっという間に離陸する。すぐにトランプ・メニュー(マカロニとチーズ、BBQリブ、プレッツェル・ボール、大きめの肉)が並び、報道陣は帰宅の途に就くため、ワインやウイスキー、もしくはビールが供される。娘のイヴァンカ・トランプ(Ivanka Trump)氏が誰かの誕生日ケーキを持って現れたことさえある。さっきも言ったが、奇妙な体験だ。

 ホワイトハウスの中のジャーナリストは、受け入れられた厄介者のような存在だ。地下室や屋根裏に住んでいるネズミや野生動物の群れとでも言おうか。駆除するのは面倒なので放置されているが、あまり遠くまでうろつき回らないよう動きを制限されている。ホワイトハウスの住民が情報の断片を捨てると、私たちは飛びつく。

米首都ワシントンで、ドナルド・トランプ大統領による「恩赦」に先立ち報道陣に公開された七面鳥(2018年11月20日撮影)。(c)Brendan Smialowski / AFP

 昔は大統領用の小ぶりな屋内プールだった場所をつぶして作られた記者の詰め所はものすごく狭い。テレビ中継の機材と机を入れると、記者が座れる場所もないどころか、入り口もぎりぎり通れるぐらいの狭さだ。

 一時期は毎日のように世界中のテレビに映っていたブリーフィングルーム(記者会見場)は、今やすっかり寂れている。ホワイトハウス報道官が定期会見を行う舞台としては見捨てられたも同然で、デスクの定位置を与えられていない記者が空いている椅子に座るための部屋と化している。背中を丸めて電話やノートパソコンをのぞき込む様子は、まるで空港で行き場をなくした旅行客のようにも見える。

 AFPは幸運なことにデスクを3台――実際は1台半を3人で使うだけだ――が与えられており、そこは「スチール・カントリー(写真の国)」と呼ばれる一角だ。記者の同僚、ジェローム・カルティリエ(Jerome Cartillier)や他の通信社のカメラマンと一緒にそこで作業をしている。スチール・カントリーは最高に楽しい場所で(カメラマンたちは一緒にいて楽しいし、知識が豊富だ)、それでいて、狭苦しい場所ならではの居心地の良さがある。ちなみに部屋には自然光は入らず、換気する手段もない。共用の食事スペースは、トイレに並ぶ列を作るスペースも兼ねている。「ワシントンの沼」という表現はただの隠喩だと思っているかもしれないが、スチール・カントリーにはしょっちゅう蚊が飛んでいると言っておこう。

ホワイトハウスの「スチール・カントリー」に詰めるジャーナリストたち(2018年11月撮影)。(c)AFP / Nicholas Kamm

■リアリティーショーなのか現実なのか

 しかし、結局のところ私たちは、甘やかされていると言っていいだろう。愛想は良いが距離を感じたオバマ氏と比べ、今の大統領は多いときには週に何度も報道陣と話す。メディアが大嫌いだと公言してはばからないが、実際のところは、私たち報道陣に夢中で、それは、こちら側も同じだ。

フロリダ州パームビーチに所有する高級リゾート施設「マーアーラゴ」に向かう前、報道陣に向かって話すドナルド・トランプ大統領(2018年11月20日撮影)。(c)Jim WATSON / AFP

 ワシントンという街は、もったいぶるか、のらりくらりとして何も言わないような人たちであふれている。一方トランプ氏は、毎度のように原稿から脱線し、自分の頭にあることを口にする。間の取り方は天才的で、しかも驚くほどためらいがない。これ以上コースを外れることはないだろうと思った瞬間、さらにとんでもない所に行ってしまう。

 トランプ氏は自画自賛が大好きで、他国の首脳にこれまでの業績がいかに褒めたたえられたかを並べ立てる。北朝鮮の独裁者、金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長とは「恋に落ちた」と主張し、在イスラエル米大使館をテルアビブ(Tel Aviv)からエルサレム(Jerusalem)に移転する際には、思いとどまるよう説得を試みる電話が同盟国の首脳から次々かかってきたが無視してやったと胸を張った。そして、政敵にはまるで小学生のようなあだ名をつける――例えば、「ポカホンタス・エリザベス・ウォーレン(米民主党上院議員、Elizabeth Warren)」、「泣き虫チャック・シューマー(民主党の上院院内総務、Chuck Schumer)」、「いんちきヒラリー(・クリントン元国務長官、Hillary Clinton)」といった具合だ。

ノースダコタ州に向かうエアフォースワン機上で報道陣と話すドナルド・トランプ大統領(2018年9月7日撮影)。(c)Nicholas Kamm / AFP

 トランプ氏のキャラクターは、バーで自慢話をする男、スタンドアップ・コメディアン、不良、いじめっ子、国民の味方と、ころころ変わる。しかしその根底には、自身がニューヨークの生き馬の目を抜く不動産業界の代名詞にもなった、容赦ないビジネスマンとしての姿がある。

 11月にカリフォルニア州の森林火災の被災地視察に同行した際、私はこうしたキャラクターを全部目にした。エアフォースワンに戻って機内で記者たちに話し掛けに来たトランプ氏は、地元の人々や消防士がどのような危険に立ち向かっているかを話していたかと思うと、米CNNをおちょくる冗談をその話にねじ込んでいた。CNNの悪口を言うのが大好きなのだ。面白いが品のないジョーク。どうしても、言わずにはいられなかったのだ。さらに視察の際には、被災者をハグしてなぐさめなかったどころか、そもそも被害を受けた一般の人たちと会うことすらなかった。それでも、消防隊員や地元当局者ら、筋金入りのリベラルであるカリフォルニアのジェリー・ブラウン(Jerry Brown)州知事と話したときには、これ以上ないほど彼らを全面的に支える姿勢を見せた。トランプ氏は、被災地の状況に打ちのめされているように見えた。その後、トランプ氏は同州サウザンドオークス(Thousand Oaks)で起きた銃乱射事件の犠牲者の遺族と会う時間も設けた。ホワイトハウスを出てから18時間かかったこの日程の終わりに、トランプ氏は「大変な一日だった」と語った。これは、彼の心からの言葉だった。

米カリフォルニア州パラダイスの森林火災の被災地を同市のジョディー・ジョーンズ市長(左)と共に視察するドナルド・トランプ大統領(2018年11月17日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP

■恐怖と笑い

「トランプ・ショー」のシーズン1では、主人公は強運に恵まれた。共和党が議会の主導権を握り、敵は雑魚ばかり。持ち前の破壊力を駆使し、ニュースの見出しを独占し、全てのディベートで他者を圧倒し、マスコミを自在に操る。

 しかし、シーズン2になると登場人物の多くが入れ替えになる。

 まず1月には、下院を奪還した民主党が、あらすじの書き換えを図る。民主党が監視委員会を把握することで、これまでトランプ政権が公開していなかった情報があぶり出されるだろう。そして中間選挙が終わったことで、ロバート・モラー(Robert Mueller)特別検察官は2016年米大統領選のトランプ陣営とロシアの共謀疑惑の捜査の最終段階に入る。

 これらはトランプ大統領にとって「圧力」で片付けられる話ではない。大統領の座そのものに対する脅威だ。

 そして、そんな事態になれば、トランプ氏はどのような反応を見せるのか、私たちはすでに予告編でちらっと見せられている。

 共和党が下院で過半数を失った後のトランプ氏は、やたらにけんか腰だった。特に嫌っているCNN記者をホワイトハウスから閉め出し(ホワイトハウス記者会はトランプ政権の対応を非難する声明を発表した)、2度の世界大戦でドイツに侵略されたとしてフランスをばかにし、司法長官を解任し、モラー特別検察官の捜査は「魔女狩り」だという意見に同意する人物を後釜に据えた。

米中間選挙後にホワイトハウスで行われた記者会見で、米CNNのジム・アコスタ記者(手前)を指差すドナルド・トランプ大統領(2018年11月7日撮影)。(c)Jim WATSON / AFP

 元海兵隊大将で、「ホワイトハウスの大人」と呼ばれたジョン・ケリー(John Kelly)大統領首席補佐官も追い出してしまう可能性もある(トランプ氏は2018年12月にケリー氏の辞任を発表した)。

 数日でそんなことが起きるのだから、2020年の大統領選挙が近づいてきたらどうなるか。目を覆うような状態になるだろう。

 ホワイトハウス、そしてワシントン全体に恐怖と嫌悪感がまん延している。笑い声が聞こえたとしても、どこか不吉な響きがある。

 記者会見でのトランプ大統領は、ジャーナリストを侮辱し、ばか、うそつき、悪人呼ばわりしたかと思うと、間髪を入れずにジョークを飛ばす。トランプ氏は、人にショックを与えるだけではなく、魅了する方法も心得ている。

 しかしその場で上がるのは、不安を含んだ笑い声だ。目の前に立っているのが誰だか確信が持てないときに漏れる笑い声に似ている。

 そんなときこそ、あの「吸湿速乾ワイシャツ」が役に立つかもしれない。

17日間の休暇を過ごす米ニュージャージー州に向かうため、ホワイトハウスで大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」に乗り込むドナルド・トランプ大統領(2017年8月4日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP

このコラムは米首都ワシントンを拠点とするAFP記者セバスチャン・スミス(Sebastian Smith)が執筆し、2018年11月29日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。