【10月7日 AFP】北朝鮮の故金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong-Il)総書記との面会を前に、韓国の元情報局員「ブラックビーナス」は、シャワーを浴びて服装をきちんと整え、夜遅くまで起きているよう指示された──。そして面会中、彼の尿道には、超小型レコーダーが隠されていた。

 ブラックビーナスはコードネームだ。本名はパク・チェソ(Park Chae-seo)氏(64)。彼のように、敵対する国の指導者にこれほどまで接近できたスパイはあまりいないだろう。北朝鮮のような孤立した国ではなおさらだ。

 パク氏は1990年代、不満を抱いてビジネスマンに転身した元韓国兵を装い、韓国企業のコマーシャルを北朝鮮の景勝地で撮影しながら、工作活動を展開していた。

 金総書記との面会に至る過程でパク氏は、金一族のために古い焼きものの売却に協力し、また政治的陰謀を企てた韓国人からの賄賂の札束を数える北朝鮮当局者らの姿も目の当たりにしたという。

 パク氏のこうした話を基に先ごろ、本と映画が制作された。これらを通じて、朝鮮半島の非武装地帯(DMZ)を超えた、経済的あるいは政治的な闇のつながりが改めて浮き彫りとなった。

 北朝鮮と韓国の融和ムードが急速に広がる中で公開された映画『The Spy Gone North(工作)』は、公開からわずか3週間で、韓国の人口の約10%にあたる500万人を動員する大ヒットとなった。また同じ題名の本も、発売から瞬く間にベストセラーとなった。

 AFPの取材に応じたパク氏は、「うっかり口を滑らせるなどのささいなミスで、正体がばれる恐れがあった。スパイとして生きることには、非常に大きなストレスを感じた」とコメントした。同氏が海外メディアのインタビューに答えることは稀だ。

 パク氏によると、韓国に送られる北朝鮮の工作員とは異なり、拘束された際に瞬時に自ら命を絶つことのできる毒薬は渡されていなかったという。ただ、自身の指で急所を突いて死ぬ訓練は受けていたと話した。